ついつい『ええかっこしい』をしてしまう心理と原因と治し方を考えてみた

ええかっこしい_アイキャッチ

自分で言うのも何ですが、僕ってぶっちゃけ『ええかっこしい』なんです。

車の免許とるときにやった心理テストみたいなヤツの結果にも思いっきり『他人からよく思われたいという傾向があります。自信過剰な運転をしないよう気をつけましょう』って書かれてましたし。

思い当たる節は前からあったんですよ。

吉野家とか松屋にいって『牛丼、並』だけ頼むのは貧乏人って思われそうで恥ずかしいから、せめて何かサイドメニューを必ず頼む、とか。

高校時代、まともに女の子と話すことすら出来ないくせに周りには彼女いる設定にしてたり、とか。

大手企業の孫請けの中小企業の社員に過ぎなかったのに、他人と話するときは「某大手企業に努めてます」って言っちゃったり、とか。

もう自分でもホントイヤだった。

多分、世の中には僕と同じように悩んでいる人もいるでしょう。

僕も最近になって少しずつこの性格を直すことが出来てきたんですよね。

というわけで、ちょいと特徴やら対処法やらを共有してみようと思います。

ええかっこしいとは?

そもそも『ええかっこしい』といった性格はどういったものなのだろう。

簡単にいうと文字通りついつい見栄をはって自分をより良く見せようと振る舞ったり、格好つけたりしてしまう性格のことだ。

まあ人は誰しも他人からよく思われたいという心理は、程度の差はあれど持っていると思う。

ただ、それが度が過ぎると『ええかっこしい』とか『見栄っ張り』と言われるんじゃないだろうか。

線引が難しいところだけど、それによって他人に不快感を与えたり、自己嫌悪に陥るのであれば『ええかっこしい』な性格であると言えるだろうね。

見栄っ張り、ええかっこしいの特徴

では、見栄っ張りやええかっこしいの人は表面上どんな特徴があるのだろうか。

いくつか特徴をまとめてみよう。

もしかすると君の周りにもいるかもしれない、こんな人。

・自慢する

一番わかり易いタイプ。

高級なアイテムを身につけて見せびらかしたり、ハイクラスの知り合いがいることをほのめかしたり、自分の優れた点を強調したり。

範囲は非常に広く、自分だけじゃなくて自分の周りになにかすごいものがあればそれも自慢の対象になる。

例1)僕の兄貴の奥さんの弟の子供の同級生の父親の友人の祖父は徳川家康の直系なんだぜ!

例2)このバッグ、B'zの稲葉が好きなブランドと同じテナントに入っているブランドのデザイナーの弟子が立ち上げたヤツなんだぜ!

また、時代とともに自慢のやり方は巧妙化しており、自虐風自慢(※1)や間接自慢(※2)などがある。

※1 例)もう来年30歳になるのに貯金4000万しかないんだけど・・・。もう人生詰んだわ・・・。

※2 例)僕って腕細いんですよね、ちょっと写真アップします。マジ細いっすよね?(手首にはこっそり高級腕時計)

・やたら対抗心を燃やしてくる

例えば、友人の一人が難関の大学に合格したとするじゃない?

そういう場合に、見栄っ張りは素直に祝福することが出来ない。

おめでとうと言いつつも、ついつい対抗する様な捨て台詞を一言付け足しちゃう。

「A君が早稲田大学受かったらしいよ!すごくない?」

「へー、そうなんだ。よかったな!そういや、オレも確か明治大学A判定だったんだよなー」

・やったことがないことをやったかのように振る舞う

『ええかっこしい』の人はやったことがないこと、行ったことがない場所でもまるで知っているように振る舞うことがあるんだよね。

ネットやテレビで知った知識を元に経験者のように語るのだ。

「ハワイって日本人ばっかりなんだよねー(行ったことが無い)」

「イギリスって飯まずいから!(まだ行ったことが無い)」

「イタリア行くとマジでナンパされるよ!日本人女性はヨーロッパの人から見ると童顔だし(実は行ったことがない)」

・細かい事はキニスンナ!感をアピールしてくる

『ええかっこしい』の場合、細かいことは気にしないおおらかな性格こそが正義と考える節があったりする。

特にお金に関することは細かくあってはいけないという思いがあったりするのね。

飲み屋では端数は受け取らないし、会計後にレシートをチェックするなんてありえない。

例え注文していないつまみがこっそり計上されていても別にどうでもいい(と自分に言い聞かせる)。

だから仮にサービス料、席料、夜間追加料金、週末追加料金、水代、おしぼり代がこっそり計上されていても気にしないのだ。

・よくわからない、あまり覚えていないを強調する

「なんかよくわからないけど、この前芸能事務所?にスカウトされたんだよね。急いでたから逃げてきたけどさ(笑)」

「高校時代に付き合った数?多分10人位じゃねえ?あんまり覚えてないわ」

細かいことは気にしない、という話とも重複する部分があるが、よくわからないままでいいし、覚える気もない風を装う。

もちろん、実際には気になるのでよくわからないままじゃいられない。

大した話もしたことがない中学校のクラスメイトのフルネームとかも無駄に覚えていたりするんだよね。

で、多分向こうは覚えてない。

・ロゴ大好き

わかりやすいブランドロゴやブランドアイコンがわかりやすい位置についている装飾品を好む傾向がある。

冷静に考えたら、自ら単にそのブランドの広告を担っているにすぎないのだが、そこに満足感や優越感を感じてしまう。

逆に有名ブランドなのに白無地のTシャツなんてのはめったに着ない。

が、あえて温泉とかに行った際にはそれを身に着けていき、脱衣場のかごからこっそり首元のタグが見えるように脱ぎ捨てたりする。という変化球もあったりする。

なぜ見栄を張ってしまうのか?心理的な原因

このような行動はどうして起こるのか?

その行動の裏には心理的な要因があるはず。

今度はこういった行動をとってしまう心理要因を探ってみよう。

・実は自分に自信がない

自分に自信がない人ほど、より自分を大きく見せようとする。

その心理が自慢につながり、虚勢につながる。

自分自身にしっかりとした芯がある人ならば、虚構に頼るようなことはないはずだ。

・そのくせ人を見下したい

人より優位に立ちたい。人より上にいたい。他人を見下したい。

見栄っ張りの人間にはそういった心理が少なからずあるものだ。

ぐうのねも出ない結果を出すことで人より優位に立てればいいが、当然ながらそれは難しい。

そういう場合、虚構を作り出すことで優位に立つしかないのだ。

・あるいは人から羨ましがられたい

他人を見下すと同時に、他人から見上げられたいという思いも持っている。

羨望の眼差しを受けることが何よりの喜びと感じるんだよね。

見下すことは自分視点であり、羨望を受けることは他人視点である。

どちらも自己満足を満たすには重要な要素だと感じてしまう。

他人の頭の中はわからないのだから、所詮は自分の想像に過ぎないんだけどね。

・とにかく他人の評価を気にする

評価の軸が自分ではなく、他人にある。

これは前述の『自分に自信がない』という話とも関係する。

自分に自信がないから、他人の評価を気にするのだ。

自分で自分を客観的に見ることが出来ないんだよね。

『嫌われる勇気』の一節に『他人の評価で生きるということは他人の人生を生きることと同じである』というものがあったが、まさにソレだよね。

・現状に満足していない

自分自身の現状に満足していれば、他人の評価を気にしたり、人と比べたりはしないよね。

見栄っ張り、ええかっこしいといった行動の根底にあるのは今の自分の状況に不満があるからだ。

そういう意味では「本来はもっと上の位置を目指したい」という心の叫びなのかもしれない。

裏を返せば、強い上昇志向があるとも言えるかもしれない。

それを建設的な行動の原動力にできれば、一転して大きな強みとなる可能性はある。

『ええかっこしい』な性格のデメリット

特徴を見てもらってわかるように、大半の行動は周りに対し不快感を与えてしまう。

また、それによって自己嫌悪におちいることだってあるだろう。

というか僕はある。ものすごくある。

「あーホント僕ってちっちぇえなあ」と思わずにはいられない。

所詮は自分を偽っているだけなので、現状はなにもかわらないし虚しいだけだ。

結局のところ他人からも、そして自分からも嫌われるだけなのだ。

一度やるとなかなか抜け出せない。そして一時の満足感と引き換えに後悔が襲ってくる。それはまるで麻薬のようなものかもしれないね。

体を蝕むことはないが、周りの人間関係や自信の性格を蝕んでいく。

このような性格を自覚しているのであれば、一刻も早く抜け出すべきなんだ。

どうやって直せばいいのか

やっと本題だ。

ではこの性格をどうやって直せばいいんだろう?

僕自信、昔からなんとなく自覚はしていたものの、はっきりとその性格の心理的な要因を探ってみたり、性格を直そうと考えたのは最近のことだ。

心理的な要因、つまりは根本原因がわかれば対処もできるはず。

僕の実体験をもとにこの性格の直し方をまとめてみたよ。

・まずは自分の弱さを認める

僕はつまり弱い人間なのだ。

弱いから強く見せようとする。

ありのままを見せる事ができない。

まず、自分を客観的に評価し、弱い部分、悪い部分、強い部分、良い部分を整理することが第一歩だ。

現状の自分はどうなのか?これを知ることが最初であり、そこから目をそらしていては前には進めない。コレが大事だよね。

・他人との相対評価をやめる

次に、他人との相対的な評価基準を捨ててしまおう。思い切って。

つまり人と比べることをやめるんだ。

人と比べることの最大のデメリットは、周りが下がればその分自分が上に行ったと勘違いしてしまう点だと思う。

なにせ自分自身は何も努力せずとも順位が上がるわけだからソッチのほうがずっと楽だしね。

ただ、そうすると自分より上ではなく下を見るようになるし、他人の不幸を望むようになる。

それでは決して自分自身は成長できないんだよね。

なかなか分かっていても難しいんだけどね。まずは意識することから始めよう。

・ほぼデメリットしかない事実を知る

先に述べたとおり、見栄っ張り、ええかっこしいはデメリットが大きい。

デメリットしか無いと言ってもいい。

僕はその事実を自覚した時、本格的にこの性格を変えようと思い始めたのだ。

なお、唯一のメリットは上昇志向の裏返しという点だが、それを原動力にデキる人はそもそも放っておいても、いずれ呪縛から逃れられるはず。

・実はバレてる事実を知る

結局のところ、いくら見栄を張ってもぶっちゃけ周りにはバレている。

だれも面と向かって指摘しないだけだ。

その事実を冷静に考えてみたら、それはもうモーレツに恥ずかしいよね。

正直言って死にたいレベルだ。

ほら、もう止めたくなってきたよね?

・いっその事、周りとの接触を控える

これは環境次第では難しいかもしれないが、最終手段。

どうしても他人と比べしまう、他人の目が気になる、他人の評価が気になる。

他人と言っても、見栄を張りたがる相手の大半は知り合いなんだよね。

そういう場合はいっその事さ、しばらく周りの知り合いとの接触を控えるのはどうだろう。

なにも全く会わないということじゃなくて、少し接触の回数を減らすだけでも効果があると思うんだ。

見栄を張る相手がいなければ、素直な自分をさらけ出せるのではないだろうか。

まとめ

もし、君が少しでも自覚があってこのページを見たのならば、意識してほしいことは「あくまでも自分が主体」ってことだ。

結局ね、周りが上だろうが下だろうが、それによって自分自身が何か変わるわけじゃない。

自分で自分を認められるようになればソレが一番だよね。

さあ、君も「他の誰でもない自分の人生」ってやつをあるいてみようじゃないか!

最後に定番ではあるけど僕も感銘を受けた『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』を紹介しておく。

今回の記事で『当てはまるかも』って思った人は是非とも目を通しておくべき名著です。

おしまい